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薩摩:東福寺城址(とうふくじょうあと)

住 所 :鹿児島県鹿児島市清水町28-25
築城者 :長谷場永純
築城年代:天喜元年
形 式 :平山城
遺 構 :空堀・曲輪
指定史跡:未指定
訪問日 :平成31年01月19日

歴史

東福寺城は天喜元年に長谷場永純(はせばながずみ)が築城したと云われる城で薩摩や大隅国では最初に築城された城だ。
鎌倉時代には矢上氏の居城となっていたが、その後の南北朝時代に薩摩国守護であった島津氏が北朝側に味方した為に南朝側の矢上氏と一触即発の状態になる。
暦応三年に島津氏:第五代当主の島津貞久が佐田忠光に命じて東福寺城を攻撃するが南朝側に付いた肝付兼重の救援により島津軍は撃退されてしまう。
だが翌年に島津氏は再び東福寺城を攻撃すると遂に東福寺城は陥落した。
陥落後は島津氏の居城となり重要地点となるが、室町時代に清水城内城と居城を移し慶長七年に鹿児島城を築城すると東福寺城はその役目を終えて廃城となった。

現在

現在の東福寺城址は「多賀公園」となっており桜、つつじの名所として市民に親しまれている。
公園内には多少の遺構が残っている。
遺構としての見所はあまりないが曲輪は随所にみることができる。

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