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備中:経山城址(きょうやまじょうあと)

住 所 :岡山県総社市黒尾
築城者 :大内義隆
築城年代:天文年間
形 式 :山城
遺 構 :堀切・石垣・曲輪
指定史跡:市指定史跡
訪問日 :令和02年06月20日

歴史

経山城は天文年間に大内義隆(おおうちよしたか)が築城した。
同十二年に大内氏は尼子氏(あまごし)攻略のため進軍すると、その隙をついた播磨:赤松氏が備中へ侵攻し経山城も戦火となった。
だが攻城中に足利義晴(あしかがよしはる)より細川、三好氏の討伐命が下り赤松氏は備中より撤退した。
元亀二年には尼子氏が備中へ攻め寄せ経山城主:中島元行は尼子氏陣営に夜襲を仕掛け尼子氏を撤退させている。
天正十年に織田信長の命により羽柴秀吉が毛利氏攻めを行うと元行は副将として高松城に籠るも「高松城の水攻め」により苦戦を強いられる。
最後は高松城開城後に毛利・羽柴氏で和睦が成立すると経山城は宇喜多(うきた)氏の管轄となるが程なく廃城となった。

現在

現在の経山城址は経山山頂に堀切や曲輪、石垣が残されている。
経山城へは鬼ノ城に向かう車道の途中に登山道があり、そこから15分程度で山頂まで行く事が可能だ。
その山頂には当時の遺構が残っており曲輪や土塁、石垣が確認できた。
また山頂からは吉備総社平野が一望でき、景観も堪能できる場所になっている。

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