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肥前:玖島城址(くしまじょうあと)

住 所 :長崎県大村市玖島1丁目
築城者 :大村喜前
築城年代:慶長四年
形 式 :平城
遺 構 :模擬櫓・石垣・堀・船蔵
指定史跡:県指定史跡
訪問日 :平成18年09月25日
  • 県指定史跡

歴史

玖島城は慶長四年に大村地方の地頭だった大村喜前(おおむらよしあき)が築城した城だ。
大村氏は藤原純友(ふじわらのすみとも)を祖とし鎌倉時代からこの地で栄え喜前の父:純忠は日本最初のキリシタン大名としてキリシタンの普及に力を入れていたが、秀吉によるバテレン追放令が出ると喜前は改宗してキリシタンを領内禁制とした。
慶長三年に豊臣秀吉が死去すると政情が不安になる事を懸念した喜前が居城としていた三城城よりも強固な新城をと考え築城した。
だが元和二年にキリシタンの迫害を恨んだ教徒によって喜前は毒殺される。
しかし大村氏は大村藩としてこの領土を治め明治時代まで一度も大村を動く事なく約二百七十年間大村氏の居城として利用された。

現在

現在の玖島城址は「大村公園」として整備されており春には天然記念物「オオムラザクラ」が咲き乱れる事で全国的にも有名になっている。
城址も板敷櫓が復元されていて城址のシンボルとなっているが扇の勾配の石垣は見応えがあり、城好きの方には必見の遺構となっている。
築城に関しては名手:加藤清正に相談もしておりその城造りは多くの学者に絶賛されている。

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