九州の観光情報サイト:Kyusyu.sky.net

肥前:鬼ヶ城址(おにがしろあと)

住 所 :佐賀県鳥栖市牛原町
築城者 :不明
築城年代:不明
形 式 :山城
遺 構 :曲輪・堀切
指定史跡:国指定史跡
訪問日 :令和02年03月20日
  • 国指定史跡

歴史

鬼ヶ城の築城者や築城年代は不明だが勝尾城の支城だと云われている。
天正十四年に薩摩:島津氏が九州制覇の為に北上するとこの地も戦場と化した。
島津氏の猛攻の前に勝尾城や鬼ヶ城は落城した。
その後、豊臣秀吉による九州征伐が行われると筑紫氏は勢いを取り戻し秀吉の軍に加わり功をあげる。
その功が認められると筑紫氏は上妻群に移封され勝尾城は廃城となり鬼ヶ城も歴史から姿を消したと云われている。

現在

現在の鬼ヶ城址は曲輪や堀切の確認ができる。
だが鬼ヶ城址の道のりは非常に険しく道標も城入り口付近にしかない為に事前準備は必ず行う様にして欲しい。
その道標も見落すほど小さいので右手にロッククライミングの岩場が見えてきたらその岩場を過ぎた辺りに道標があるので注意して欲しい。
だがその標を過ぎても獣道を登る事になる。
山頂付近には鉄塔がありその付近に曲輪や堀切らしき物を確認できたがこの場が本当に城跡なのは不明だ。
またこの地は「勝尾城筑紫氏遺跡」として勝尾城以外にも城址や遺構を楽しめる様になっている。

MAP

MapFanで大きな地図を見る