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薩摩:上山城址(かみやまじょうあと)

住 所 :鹿児島県鹿児島市城山町22-33
築城者 :上山氏
築城年代:南北朝時代
形 式 :山城
遺 構 :空堀・土塁
指定史跡:国指定史跡
訪問日 :平成31年01月19日
  • 国指定史跡

歴史

山城は南北朝時代にこの地の権力者だった上山氏が築城した。
当時の鹿児島は薩摩、大隅、日向の群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の時代でその有力者の一人が上山氏だった。
正平年間に上山氏が桜島に移ると上山城は廃城と化した。
時は経ち慶長六年に島津家久が上山城のある城山の東麓に鹿児島城を築城し上山城を詰めの城として機能させた。
その後、西南戦争で敗北寸前の西郷隆盛が立て籠り自害した事で一躍知れわたる城となった。

現在

現在の上山城址は城山展望台になっており城跡の面影がほとんど残っていない。
ドン広場と言われる場所に多少の遺構が残っているが、それも明治10年の西南戦争で上山城址に薩摩軍(西郷軍)の大本営が置かれた為にその際のものである可能性が高い。
晴天の日には城山展望台から桜島を一望することができる。
この場所から少し離れた場所にある夏陰城址(上山城の裏手を守るために武士の配置が決められていた城址)には石碑が建っていた。

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