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日向:佐土原城址(さどわらじょうあと)

住 所 :宮崎県宮崎市佐土原町上田島8227-1
築城者 :田島休助
築城年代:建武年間
形 式 :山城
遺 構 :石垣・土塁・空堀・堀切・曲輪
指定史跡:県指定史跡
訪問日 :平成21年10月18日
  • 国指定史跡
  • 続日本100名城

歴史

佐土原城は建武年間に日向の覇者伊東氏の一族である田島休助が築城し当初は田島城と呼ばれていた。
その後、伊東氏が本格的に日向一国の勢力を固めると田島氏は城から追われてしまい 佐土原氏が入城すると佐土原城と呼ばれるようになった。
文明十二年に伊東祐国(いとうすけくに)が入城すると伊東氏の本城として使用されるようになり都於群城と並び日向国の重要拠点の城となる。
天文五年に城が火災により焼失すると新たに城を築城し正式に佐土原城と名付けられた。
特に伊東義祐(いとうよしすけ)が城主の時代が最盛期で京都を真似た神社仏閣が多く造られており 島津氏と度々戦を繰り広げていた飫肥・都城への侵攻の拠点になっていた。
だが元亀三年に「木崎原の戦い」で島津氏に敗退すると以後は島津氏の侵攻に耐えれなくなり天正五年に義祐は日向から豊後:大友氏の下へ逃走し日向は島津氏の領土となった。
その後、大友氏の救援に駆け付けた豊臣秀吉の九州征伐で島津氏は秀吉に降伏するが佐土原城は島津氏の所有となりそのまま明治時代に至った。

現在

現在の佐土原城址は二の丸御殿跡に鶴松館が建てられておりその鶴松館が有名だが、林道を進むと天守台跡の遺構などを確認する事が出来る。
明治時代に一度は埋め立てられてしまったがその後の発掘調査で一部復元されている。
日向を代表する城址で多くの遺構も良好だ。
宮崎に来たのなら絶対にお勧めする場所になっている。

続日本100名城スタンプ設置場所

宮崎市城の駅佐土原いろは館(平日のみ押印可)
宮崎市佐土原歴史資料館鶴松館(土日祝日のみ押印可)

佐土原城址関連サイト

宮崎市観光協会

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