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豊前:香春岳城址(かわらだけじょうあと)

住 所 :福岡県田川郡香春町香春
築城者 :藤原純友
築城年代:天慶三年
形 式 :山城
遺 構 :曲輪・土塁
指定史跡:未指定
訪問日 :令和03年02月23日

歴史

香春岳城は天慶三年に藤原純友によって築城された。
保元二年に平清盛が太宰大弐に任命され家臣の越中次郎兵衛に命じて城の拡張を行い名を香春岳城と名づけた。
応永五年には城主:千寿興房が大友氏に従い豊前に勢力を延ばしていたが、大内氏が侵攻し香春岳城に攻め寄せると興房は防戦するが多勢に無勢の為に二の丸が陥落した。
覚悟を決めた興房は八十三名の家臣と共に割腹すると香春岳城は陥落した。
永禄四年、大友氏は毛利氏の所領となっていた香春岳城を奪回するために三万の軍で攻め寄せると、城主:原田義種は僅か二百の兵で立て籠もるが、水の手を絶たれ落城した。
その際に義種は自害するが二百の兵は玉砕覚悟で城を打って出て激戦を繰り広げるも全滅した天正十四年に豊臣秀吉の九州征伐では高橋元種が島津氏に味方し香春ヶ岳城で籠城するが黒田如水・小早川隆景に攻められ落城した。

現在

香春岳城址は現在香春岳に遺構を残しているようだ。
城の遺構は香春岳の一の岳と二の岳に残っていた様だが、一の岳は石灰岩採取の為に削り取られ二の岳も立ち入り禁止になっていた。
その為に遺構を確認する事が出来ず断念し三の岳の登頂を行った。

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