丹波:福知山城(ふくちやまじょう)
築城者 :明智光秀
築城年代:天正七年
形 式 :平山城
遺 構 :復興天守・移築門・石垣・曲輪
入場料 :大人 330円 / 小人 110円
指定史跡:市指定史跡
訪問日 :令和元年05月19日
歴史
福知山城は天正七年に明智光秀が築城した城だ。
光秀は主君:織田信長の命により天正三年に丹波征伐を行うが赤鬼と恐れられた赤井直正(あかいなおまさ)を筆頭とした丹波国連合軍の前に苦戦を強いられる。
だが同六年に直正が死去すると形勢は一転して光秀に傾き、同七年に丹波を平定し信長より丹波を与えられた。
光秀は福智山にあった横山城の大改修を行うとこの改修された城が福知山城の始まりとなる。
福知山城完成後、城代として重臣:明智秀満(あけちひでみつ)を置いた。
しかし光秀は同十年に「本能寺の変」を起こし信長を死に追いやると、復讐のため中国討伐から引き返してきた羽柴秀吉によって敗死する。
秀満も秀吉により敗死すると丹波は秀吉の領土となった。
福知山城はその後、秀吉の家臣が城主をつとめるが秀吉が死去すると、慶長五年に「関ヶ原の戦い」が勃発すると功を挙げた有馬豊氏(ありまとようじ)が入城する。
豊氏は入城後に福知山城の城郭や城下町を整備する。
その後は岡部氏、稲葉氏、 松平氏と城主をかえ寛文九年に朽木氏(くちきし)が入城すると朽木氏は十四代までこの地に留まり明治時代を迎えた。
現在
福知山城は現在、天守が復元されており福知山市のシンボルとなっている。
復興天守は小天守も備わった三層の天守となっており小高い山に築かれているため遠くからでもその姿を堪能出来るようになっている。
その天守の入り口前には「豊磐の井(とよいわのい)」と呼ばれる井戸が残っており、深さ50mのこの井戸は日本有数の深さを誇る福知山城名所の一つだ。
更に天守台の石垣は光秀時代から残される現存遺構でその素晴らしい野面積はとても見事な形をしている。
2020年度の大河ドラマ「麒麟が来る」の主人公が明智光秀のため多くの方が注目している城だ。
続日本100名城スタンプ設置場所
福知山市郷土資料館内(福知山城天守内)
福知山観光案内所(JR福知山駅内)