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歴史

  
  
  

葛籠城の築城者や築城年代等の詳細は不明だ。
明応六年に筑紫氏が勝尾城に入り勢力を増すと勝尾城の支城として使用されていた。
天正十四年に薩摩:島津氏が九州制覇の為、北上するとこの地も戦場と化した。
翌年、豊臣秀吉による九州征伐が行われると筑紫氏は秀吉の軍に加わり功を挙げると上妻群に移封され、 勝尾城は廃城となり葛籠城も歴史から姿を消した。


現在

  
  
  

現在、葛籠城址は石垣や空堀、曲輪や土塁が確認できる。
四阿屋神社(あずまやじんじゃ)向かいの大きな駐車場に案内板と登城入口がある。そこから目印通りにいくと本丸跡まで進む事が出来る。
この本丸跡の曲輪は良好な形で残っているがその本丸跡を囲む2本の堀切は素晴らしい形で残っており感動すら覚える程だ。
近くにはこれも良好な石垣が残されており、更に奥に進むと大きな空堀が確認出来る。
駐車場から本丸跡まで徒歩15分程度で着けるので、時間が有る限りこの城を堪能できるだろう。
また、本丸跡から勝尾城を望む事ができ、この城の重要性が感じられる。
この地は勝尾城筑紫氏遺跡として他にも支城とされた城址も残っている。
是非、勝尾城散策とセットで訪れたい場所だ。


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