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歴史


筑紫氏居館は築城者や築城年代は不明だが、少弐氏(しょうにし)一門の筑紫満門(つくしみつかど)が明応六年に 勝尾城に入城し約九十年間筑紫氏の居城となりその時代に築城されたと考えられている。
筑紫氏はこの居館と勝尾城を中心とし勢力を増していくが、天正十四年に島津氏が九州制覇を目指し北上するとこの地に侵攻してくる。
筑紫氏は奮闘するも島津氏の猛攻を受け勝尾城は落城する。
筑紫氏当主:広門(ひろかど)は一時幽閉されるが、後に再起すると勝尾城を奪還に成功する。
翌年には豊臣秀吉が大友宗麟(おおともそうりん)の救援要請を受け九州征伐の軍を起こすと、広門は秀吉の軍に加わり功を挙げる。
この功により広門は筑後国の上妻群に移封すると勝尾城と筑紫氏居館はその歴史に幕を閉じた。


現在


現在、筑紫氏居館は勝尾城山麗の筑紫神社周辺に石垣や曲輪が確認できた。
筑紫神社後ろに勝尾城と城山登山道入り口がある為、 城の散策で遺構を確認しながら、勝尾城登山もお勧めする。
遺構は破却が酷く神社周辺の曲輪はすぐに確認出来るのだが、虎口の石垣は一部壊れているので注意して欲しい。
現在、この周辺は「勝尾城筑紫氏遺跡」として多くの城址や縄張り、屋敷跡が確認する事ができ国指定史跡に認定されている。


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