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歴史

  
  
  

勝尾城は応永三十年に渋河義俊が築城した標高501mの城山にそびえ立つ山城だ。
この城は九千部山(くせんぶさん)の一角に位置し、山城としては天然の要塞に相応しい場所に築城されているが、歴史上この城については不明な点が多く、記録にあるのは渋川氏と少弐氏(しょうにし)が九州の交通の要所としてこの地域の争いを繰り広げ、 城主が度々替わるが、最後は少弐氏の一族である筑紫氏が三代に渡り本拠地とした。
その筑紫氏も周囲の戦国大名と衝突を多く繰り返し所領を増やしていくが、天正十四年に起きた島津氏の九州制覇の際に、島津軍の猛攻を受け勝尾城は落城した。 その後、筑紫氏は豊臣秀吉の命により転封となり勝尾城は廃城となった。


現在

  
  
  

現在、勝尾城址は城山として国指定にされており、筑紫神社裏手から登る事ができる。
 だが登山道は、要塞と言われるだけの事はありすごく険しい道になっているので、十分に準備をして登ることをお勧めする。
山頂やその途中に、物見岩や現存石垣、堀切などの遺構が良好な形として残っている。
その遺構の中で特に石垣が注目されており、当時の九州では最新の技術を駆使して造られた石垣だと言われている。
今現在も発掘調査が行われており、その多くの出土品は展示され、考古学者からも注目を集めている。


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