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歴史

  
  
  

宇土城は天正十五年に行われた、薩摩島津氏討伐の九州征伐や、同十六年に起きた。
肥後一揆で活躍した豊臣秀吉の家臣:小西行長(こにしゆきなが)が天正十七年に築城した。
 天正十六年、南肥後国に入国した行長は当初、宇土古城を本拠としたが、同十七年に宇土城を築城、三層天守を持つ雄大さを誇っていた。
 その後も、文禄の役や慶長の役に出陣して活躍をする行長だが、慶長五年の関ヶ原の戦いでは石田三成側の西軍に付き大敗すると、 打ち首になり南肥後は北肥後大名の加藤清正の領土となった。
 清正は宇土城を隠居の城にしようと考え修繕するが途中で死去したことに伴い、宇土城は破却された。


現在

  
  

現在、宇土城址は歴史公園として整備されており石垣や堀などが残っている。
だが、遺構としては小西行長の銅像が目立ち、公園や隣接している宇土高校によって多くがなくなっていた。
近くにお墓もあり城址の雰囲気が楽しめない場所でもあるが、宇土高校側に多少の石垣を確認する事ができた。


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