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歴史

  
  
  

宇土古城は南北朝時代に菊池氏の一族で有った宇土氏が築城したといわれている。
永正二年、八代を所領としていた名和顕忠(なわあきただ)は、人吉城城主:相良氏(さがらし)との争いに敗れ 八代を放棄するも、肥後国守護:菊池能運(きくちよしゆき)が死去すると肥後の混乱に乗じて宇土古城を本拠とした。
天正十七年に小西行長が豊臣秀吉により、南肥後の所領を与えられると新たに宇土城を築城し宇土古城は廃城となった。
 宇土古城と宇土城は近場にあった為に古城の方を西岡台とも呼ばれている。


現在

  
  
  

現在、宇土古城址はつつじヶ丘自然公園内にあり歴史公園と見なされている。
この城址には堀や土塁、石垣などが整備されており、近場の宇土城よりも見所がある城址になっている。
出土品も多数発見されており、これからの発掘次第では新たな歴史の真実が解明されるかもしれない。


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