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歴史

  
  
  

千々輪城は谷山信忠(たにやまのぶただ)によって築城された。
谷山氏は谷山郡司となり千々輪城を拠点として代々居城とした。
康永年間には征西将軍:懐良新王(かねよししんのう)が谷山氏を頼りこの地に落ち延びている。
だが、北朝方の薩摩守護:島津貞久(しまづさだひさ)が千々輪城に攻め込んでくるが、谷山隆信(たにやまたかのぶ)は見事撃退する。
しかし、応永四年に再度島津氏は千々輪城に攻め込むと城は落城してしまう。
その後、島津一族で内乱が起こり谷山は戦火に飲まれるが、島津貴久が内乱を沈め再度、島津氏の所領となった。


現在

  
  
  

現在、千々輪城址は50m程の山となっており公園として整備されている。
遺構は山腹や頂上に曲輪や堀が残されている。
公園入口には千々輪城の案内板があり、そこから登山道を登り山頂まで向かう事が出来る。山頂には、神社が奉らえておりこの場所が本丸址地の様だ。
山頂までは徒歩で10分程度だが、随所に遺構を残している為お城好きには十分楽しめる場所になっている。


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