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歴史


内城は、天文十九年に、薩摩の覇者、島津貴久が築城した。
内城は築城から約50年間にわたり、島津氏の本拠地として使用される。 天文十九年に島津本宗家の居城である清水城が手狭になり、海岸に比較的近い場所として新城を居城した。
天正十五年に、島津十六代当主:島津義久は、豊後の大友氏などを撃破し 九州制覇に近づいたが、大友氏の救援に駆け付けた豊臣秀吉による九州征伐軍と激突する。
島津軍は、奮戦するも敗北し降伏するが、本領安堵となり義久は富隈城に移転し、内城は島津義弘の三男・島津忠恒(後に薩摩藩初代藩主になる)の居城となる。
慶長七年になると、忠恒は本拠地を鹿児島城に移し、内城には大龍寺が建てられ事実上の廃城となった。


現在

現在、内城址は大竜小学校が建てられており、遺構は全く残っていない。
小学校校内に島津氏居城跡の石碑が残っているが、島津総本拠地として名高い内城の城址が何も残っていないのには非常に残念でならない。


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