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歴史

  
  
  

東福寺城は天喜元年に長谷場永純(はせばながずみ)が築城したといわれる城で、薩摩や大隅国では最初に築城された城だ。
鎌倉時代には矢上氏の居城となっていたが、 その後、南北朝時代に、薩摩国守護であった島津氏が北朝側についたため、南朝側の矢上氏と一触即発の状態になる。 暦応三年に島津氏:第五代当主の島津貞久が佐田忠光に命じて東福寺城を攻撃させるが、南朝側に着いた肝付兼重の救援により島津軍は撃退されてしまう。
 翌年の暦応四年に島津氏は再び東福寺城を攻撃し、遂に東福寺城は陥落した。
陥落後は島津氏の居城となる。 室町時代に入ると清水城、内城と居城を移し、 更に慶長七年に鹿児島城を築城すると東福寺城はその役目を終えて廃城となった。


現在

  
  

現在、東福寺城址は多賀公園となっており、桜、つつじの名所として市民に親しまれているようだ。公園内には多少の遺構が残っている。
遺構としての見所はあまりないのだが、曲輪は随所にみることができる。


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