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歴史

  
  
  

安楽平城は寛正三年に飯田幸松丸(いいだこうまつまろ)が築城したと伝わっている。
幸松丸は大友氏の家臣でこの地を任せられていた。
だが、大内氏が滅び大友氏が勢力を広げると家臣である小田部鎮通が城主となる。
しかし天正七年に龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)がこの地へ侵攻すると小田部一族は籠城し、大鶴宗雲(おおつるそううん)や立花道雪は援軍を派遣するが到着前に安楽平城は落城する。
小田部親子は自刃か討死したと云われ、城はその後廃城となった様だ。


現在

  
  
  

現在、安楽平城址は荒平山山頂に石垣や堀切、曲輪の遺構を残している。
山はハイキングコースとなっており、麓から登る事も可能だが油山から向かう事もできる。
お勧めなのは脇山地区から林道が出ており、その林道を車で進むと登山口手前に駐車する事ができ、その付近には小田部氏の墓がある。 遺構は山頂が本丸跡で石碑や説明板があり、そこから油山方面に進むと曲輪群や石垣を確認できる。
また、山頂から西へ進むと二の丸に向かう事ができ、その途中に堀切や石塁、櫓台跡の遺構が残されている。
山頂付近に多くの遺構が残り、日頃は家族連れで油山からハイキングに来る方が多い場所になっている。


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