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歴史


白鳥城は柳川城の支城として築城されたと云われているが築城年代は不明だ。
天正九年に大友氏の勢力が衰え筑後で陰りが見え始めると、龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)は好機とみて筑後に侵攻した。
柳川城主:蒲池鎮漣(かまちしげなみ)は隆信に降伏するも、謀殺され蒲池一族は滅ぼされてしまった。
だが、この事が筑後の諸豪の反発を買い多くが離反する事となる。
隆信は再度この地に侵攻し、白鳥城は隆信の軍と筑後の諸豪との間で大激戦を繰り広げた。諸豪の軍は大善戦するも、最後は兵力の差を見せつけられ敗走した。


現在

現在、白鳥城址は白鳥地区の田園や個人宅が城址で曲輪や土塁が残っている。
城址には石碑や観音堂が建っており周囲は長閑な田園の為、この地が激戦を繰り広げた戦場跡とは到底思えない場所になっている。
遺構は、石碑が建っている場所が本丸址で多少の曲輪と土塁が確認出来る程度だ。


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