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歴史

  
  

飯盛山城の築城年代は不明だが、許斐岳城(このみだけじょう)の詰めの城として宗像氏(むなかたし)が築城したと云われている。
この城の築城目的は立花氏への脅威に備え、許斐岳城への備えに対して築城されている。 当時、大友氏の後ろ盾を得ていた立花氏と毛利氏に従っていた宗像氏は常に争いが絶えなかった。
立花氏は本拠となる立花山城から交通の要所であった許斐岳城を攻め立てる必要があった為、この飯盛山城は守衛の為に必要であった。


現在

  
  

現在、飯盛山城址は飯盛山山頂に腰曲輪や土塁が残っている。
標高157mの低山として多くの方が登山に来ており、登山道入口から10分程度で山頂に行く事が可能な為、城址というより憩いの場所として知られている。
その山頂は城台となっておりそこから下へ腰曲輪が確認出来た。また、9合目辺りに二の丸と思われる広場が確認出来た。


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