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歴史

  
  
  
  

白山城は文治五年に宗像氏国が築城したと伝えられている。
宗像氏は鎌倉幕府成立後に、宗像大社の大宮司に奉じられ白山城を築城している。
その後、宗像氏の拠点として使用されていたのだが、延元元年に南北朝の戦いに敗れた足利尊氏は、白山城に落ち延び勢力を盛り返す事となる。
宗像氏はその後、周防の大内氏に従っていたが、天文二十年に、大内氏が家臣である陶晴賢の謀反により勢力が衰退すると、宗像氏内で跡継ぎを争う騒動が勃発する。
この騒動は、晴賢の支援を受けた宗像氏貞が勝利し跡を継ぐと、 白山城の近くにあった蔦ヶ嶽城を大改修し拠点を移すと白山城は歴史から消える事となった。


現在

  
  
  

現在、白山城址は白山山頂に曲輪などの遺構を残している。
白山には山田地蔵尊増福禅院から登山道が延びており、そこから山頂を目指し登山となる。
山頂付近に近付くにつれ山は険しくなっているが、その地点から堀切などが確認出来るようになる。
山頂は城跡の案内板や石碑が建てられており、曲輪と土塁が確認出来た。
散策日は誰も登られていなかったのか、登山道の至る所に蜘蛛の巣が張り廻られていて、それを回避しながら山頂を目指したが、 「白山城を守る会」の方々が野花を多く植えている目印を多く見かけたので、白山城址を目指す際はこの地点に足を踏み入れない様に注意して貰いたい。


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