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歴史

  
  
  

経山城は天文年間に大内義隆(おおうちよしたか)によって築城された。 同十二年、大内氏は尼子氏(あまごし)攻略の為に進軍すると、その隙を付き播磨:赤松氏が備中に侵攻し経山城も戦火となった。 だが、攻城中に足利義晴(あしかがよしはる)より細川、三好氏の討伐命が下り赤松氏は備中より撤退した。 元亀二年に今度は尼子氏が、備中へ攻め寄せると経山城主:中島元行は尼子氏陣営に夜襲を仕掛け尼子氏を撤退させている。 天正十年に織田信長の命により羽柴秀吉が毛利氏攻めを行うと、元行は副将として高松城に籠るも「高松城の水攻め」により苦戦を強いられる。 最後は、高松城開城後に毛利・羽柴氏で和睦が成立すると経山城は宇喜多(うきた)氏の管轄となるも程なく廃城となった。


現在


現在、経山城址は経山山頂に堀切や曲輪、石垣が残されている。
経山城へは鬼ノ城に向かう車道の途中に登山道があり、そこから15分程度で山頂まで行く事が可能だ。
その山頂には当時の遺構が残っており、曲輪や土塁、石垣が確認できた。
また、山頂からは吉備総社平野が一望でき、景観も堪能できる場所になっている


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