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歴史

  
  
  
  

福知山城は天正七年に明智光秀が築城した城だ。
光秀は主君:織田信長の命により天正三年に丹波征伐を行うも、赤鬼と恐れられた赤井直正(あかいなおまさ)を筆頭とした丹波国連合軍の前に苦戦を強いられる。
だが、同六年に直正が死去すると形勢は一転して光秀に傾くと同七年に丹波を平定すると信長より丹波を与えられた。
光秀は福智山にあった横山城の大改修を行う。この改修された城が福知山城の始まりである。
城代として重臣:明智秀満(あけちひでみつ)を置いた。
しかし、光秀は同十年に「本能寺の変」を起こし信長を死に追いやると、復讐の為に中国討伐から引き返してきた羽柴秀吉によって敗死する。
秀満も秀吉により敗死すると丹波は秀吉の領土となった。
福知山城はその後、秀吉の家臣が城主を勤めるも秀吉が死去し慶長五年に「関ヶ原の戦い」が勃発すると、功を挙げた有馬豊氏(ありまとようじ)が入城する。
有馬豊は、福知山城を城郭や城下町を整備する。その後、岡部氏、稲葉氏、 松平氏と城主を替え寛文九年に朽木氏(くちきし)が入城すると朽木氏は十四代までこの地に留まり明治時代を迎えた。


現在

  
  
  

福知山城は現在、天守が復元されており、福知山市のシンボルとなっている。
復興天守は小天守も備わった三層の天守となっており、小高い山に築かれている為、遠くからでもその姿を堪能出来るようになっている。
その天守の入り口前には「豊磐の井(とよいわのい)」と呼ばれる井戸が残っており、深さ50mこの井戸は日本有数の深さを誇り福知山城名所の一つだ。
更に天守台の石垣は光秀時代から残される現存遺構でその素晴らしい野面積はとても見事な形をしている。
2020年度の大河ドラマの主人公が明智光秀の為、多くの方が注目している城だ。


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