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歴史


富松城は築城者や築城年代の詳細は定かになっていない。
文献では、長享元年にその名が見受けられる為に当時、この地の豪族であった薬師寺氏が築城されたと推測されている。
永正十六年に勃発した細川澄元(ほそかわすみもと)と細川高国(ほそかわたかくに)の争いにより、富松城も戦火の舞台となる。
その後も細川氏の争いに富松城主:薬師寺氏も巻き込まれるのだが、巧みに戦国の世を渡り歩いていくのだが、 享禄四年に起きた「大物崩れ」で主君:細川高国(ほそかわたかくに)が 自害すると、薬師寺氏も勢力を失う事となる。
その後も三好氏の争いなどで再び富松城は戦火に巻き込まれると、織田信長の摂津侵攻後の廃城となる。
だが、廃城の年代も定かになっていない。


現在


現在、富松城址は城跡地として残されている。
周囲は住宅街となっておりその中に、城址が残されていた。
遺構としては、土塁や堀が確認出来、交差点を挟んだ向かい側には櫓台跡も残されていた。
散策を行った日は、城跡に入城する事が出来ず周囲から眺める事しか出来なかった。


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