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歴史

  
  
  

篠山城は、慶長十四年に徳川家康の命によって築城された城だ。
家康は、同年に松平康重(まつだいらやすしげ)(松井松田氏)を丹波国に移封させると、豊臣氏と未だ根強い豊臣恩顧の外様大名への抑えとして新城築城の命を出す。
場所は篠山盆地中央に位置する丘稜に決めると、普請総奉行に池田輝政(いけだてるまさ)を、 縄張り担当に藤堂高虎(とうどうたかとら)の築城の名手を任命し天下普請として約六ヵ月で完成した。
城主:康重は元和五年に和泉に移されると、松平信吉(藤井松平氏)が新城主となる。
その後、形原松平氏、青山氏と城主を替え明治時代を迎える。


現在

  
  
  

現在、篠山城は大書院が復元されており、多くの方が来られている。
復元大書院以外にも、堀を囲む石垣や馬出と言った多くの遺構が残されている。
敷地内には天守台も残されているが、天守は建てられなかった。
その理由として、天守を覆う強固な石垣や堀を徳川幕府は問題視し、幕府の懸念を払拭する為に敢えて天守は建造されなかった。
石垣の遺構を見ると徳川幕府が懸念した事が納得する程、良い石垣が残されていた。
近くには御徒士町武家屋敷群や歴史村が有り、また篠山城の濠をボートで見物出来るようになっている。
時間が許される限り堪能できること間違いないだろう。


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