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歴史

  
  
  

有岡城はこの地の有力者伊丹氏によって南北朝時代に築城された城と云われている。
伊丹氏は文明四年に城の大改修を行い、日本最古の天守台を持つ城へと変貌しており、当時は伊丹城と呼ばれていた。
だが天正二年、織田信長の命により荒木村重が有岡城を攻略し伊丹氏は滅んでしまう。
村重は摂津国守護となり有岡城を改築し、城の名を有岡城へと変えている。
しかし天正六年、村重は突如信長に反旗を翻し、播磨国の別所氏と共に毛利氏と盟を結ぶ。
これに対し信長は、黒田孝高を村重説得の使者として立てるも、孝高は有岡城の牢に約1年幽閉された。
信長は強硬手段として有岡城を包囲し長期戦を行うと、天正七年に村重は一部の近習のみを連れて城を脱出、城主を失った有岡城は落城した。
その後、池田氏が城主を勤めるも同十一年に池田氏は美濃国へと転封となり羽柴秀吉の直轄領となり城は廃城となった。


現在

  
  

現在、有岡城址はJR伊丹駅前に本丸の一部を残しており史跡公園となっている。
歴史を揺らす「有岡城の戦い」の舞台となった城址だが、遺構しては本丸の石垣が一部と、土塁や堀跡を残すのみだ。
近くには有岡城を防衛する為、村重が築いた岸の砦、上臈砦、鵯塚砦址が残っている。
残念な事に明治時代に鉄道建設の為、城址の大半を失っている事は非常に残念だ。


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