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歴史

  
  
  
  
  

新高山城は天正二十一年に小早川隆景(こばやかわたかかげ)が築城した城だ。
毛利三本の矢の一本である隆景は、毛利元就の三男として生まれた。天正十年に竹原小早川氏が断絶すると、同十三年に竹原小早川氏へ養子に迎えられ第十四代小早川氏を継いだ。 更に同十九年に沼田小早川氏(小早川氏本家)も相続し高山城へ入城した。
程なく、高山城から沼田川を挟んだ場所に新城の築城を行いこの城が新高山城だ。
その後、隆景は筑前へ移封するも養子である秀秋に家督を譲ると隠居城として三原城の築城を行う。この際に新高山城の巨石石垣は三原城築城に使用され、新高山城は廃城となった。


現在

  
  
  
  

現在、新高山城址は標高198mの山に多くの遺構を残している。 登山道は「沼田川水道事務所」手前から延びており、登山者用の無料駐車場も整備されている。
登山道は整備されており、登り始めると東に三段曲輪の番所跡、西に鐘の段の遺構が出てくる。
また、登り続けると匡真寺(きょうしんじ)跡と呼ばれる寺跡に着く。ここから本丸山頂まで10分もかからない程度で着くのだが、 この城址の一番の見所は本丸から少し下がった場世にある「釣井の段」だろう。
この段は井戸曲輪と呼ばれ井戸が六ヶ所も現存している場所だ。この場所には石垣も残されており、そのスケールの大きな曲輪には感動すら覚えるほどだ。
本丸跡から更に山頂に進むとそこからは高山城を一望できる景観となっている。
本丸以外にも中の丸や、北の丸の遺構も素晴らしく残されている場所だ。


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