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歴史

  
  
  
  

福山城は元和六年に水野勝成(みずのかつなり)が築城した。
前年に、安芸・備後の国主:福島正則(ふくしままさのり)が武家諸法度違反により改易となると徳川氏の血縁に当たる水野勝成が備後に転封となる。
これは毛利氏や島津氏など西国大名への抑えを目的とされている。
入国当初は神辺城を居城としていたが、交通の便などを考慮して勝成は新城築城を行う。一国一城令発令後に新城築城は稀でもあった。
だが、水野氏が元禄十一年に継嗣が無く断絶となると、以後松平氏阿部氏と続き明治時代を迎えた。


現在

  
  

現在、福山城は福山城公園として整備されている。
天守閣を含め、多くの遺構は太平洋戦争による空襲によって多くは焼失してしまったが、現在は天守閣などが復元されている。
だが、伏見櫓や石垣など現存している遺構もあり、特に神辺城から移築された櫓や鐘楼は有名であり見所だ。
天守閣は資料館として使われていて、山陽新幹線福山駅の真横にあり立地的にも立ち寄り易い場所となっている。


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