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歴史

  
  
  
  

小牧山城は永禄六年、織田信長によって築城された。
同三年、「桶狭間(おけはざま)の戦い」で勝利した信長は、美濃攻めを開始するも強固な稲葉山城要する斉藤氏を崩せずにいた。
そこで、同五年に清州城にて徳川家康と同盟を結び三河からの脅威を消けすと、美濃攻めに全力を注げるようにした。
その為、信長は美濃に近いこの地に新城を築城し、同六年に兵と共に信長も新城に移動した。この新城が小牧山城である。
移動後、信長は美濃攻めを強め同十年遂に稲葉山城は落城し斉藤氏を駆逐した。 その後、信長は本拠を稲葉山城へ移すと小牧山城は廃城となった。
 時は流れ天正十二年、羽柴秀吉と徳川家康の間で戦いが勃発した。この「小牧・長久手の戦い」にて家康はいち早く小牧山に着目し、 廃城だった小牧山城に本陣を置き、大規模な改修を施した。その為、遅れて参陣した秀吉は大変悔しがり小牧山には容易に攻撃を行う事が出来なかった。
その為、天下人となった家康は小牧山を大変重宝し江戸時代以降一般人の入山は禁止された。
明治維新後も徳川氏の所有地であったが、昭和二年に国に寄与された。


現在

  
  

現在、小牧山城址は小牧山に遺構を残している。
この遺構は家康が信長時代の城址を大改修した際の物で、山頂付近には多くの石垣が出土していた。
また、山頂に小牧市歴史資料館があり、小牧山城址の歴史を確認する事が出来る。


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