kyusyu.sky.net

歴史

  
  
  
  

岡崎城は、享徳元年(四年の説も有り)に西郷稠頼(さいごうつぎより)・頼嗣(よりつぐ)親子によって築城されたのが始まりだ。
当時、龍燈山城(りゅうとうざんじょう)と呼ばれていたこの城は三河国守護代:西郷氏の居城としてその後も栄えるのだが、応仁の乱後、松平清康によって西郷氏は城を追われてしまった。
清康は、城を拡張し岡崎城として以後拠点を構える。
清康の跡を継ぎ広忠が岡崎城に入城すると天文十一年に嫡男:竹千代が誕生する、これが後の徳川家康である。
永禄三年に勃発した「桶狭間の戦い」で今川義元が死すると、それまで今川氏が支配していた三河国で家康は独立し、岡崎城を拠点に天下統一の道を歩む事となる。
元亀元年に家康は拠点を浜松城に移すと嫡男:信康が城主となるも、天正七年に信康が謀反の疑いで切腹を命じられると、徳川氏重臣:田中吉政が入城する。
慶長六年に起きた「関ヶ原の戦い」で吉政は戦功を挙げ、筑後久留米城へ移動となると、本多重次が城代を努めた。
江戸時代になると岡崎城は「神君出生の城」として神格化され、城代も本多氏以外に、水野氏、松平氏、本田氏と格式が高い譜代大名が努めた。


現在

  
  
  

現在、岡崎城は天守閣や天守門が復元されている。
家康生誕の地として有名な岡崎城は岡崎市のシンボルとして多くの歴史好きの方に愛されている。
復元天守以外にも家康誕生時に使用した井戸や家康の銅像など多くの、家康に纏わる物が残されている。
歴史好きな方が一度は訪れる岡崎城に是非足を運び、江戸幕府の礎となった家康生誕地を堪能して欲しい。


Copyright(C) 2019,All rights are reserved by Yuichi Ishii
当サイトページを無断で転載、複製、改変等の行為は禁じます。