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歴史

  
  
  
  

名古屋城は慶長十四年、徳川家康が築城した日本三大名城の一つだ。
この城は元来、大永元年に今川氏親(いまがわうじちか)が尾張侵攻の際に、この地に築城した事が始まりだと言われている。
天文元年、名古屋城は織田信秀に城を奪われると「那古屋城」と呼ばれる様になり、織田氏の居城として使用され、風雲児:織田信長はこの城で誕生した。
天文三年になると、信秀は古渡城(ふるわたりじょう)に移り信長が城主となるが、弘治元年に信長が清州城へ移動すると、那古屋城は廃城となった。
その後、時代は流れ慶長十四年に時の天下人:徳川家康は九男義直に清州城へ移動を命じるが、 豊臣氏への政治的情勢や、水害問題等を踏まえ、那古屋城跡地に新しく城の築城を定めた。
築城に関しては、築城の名手である、加藤清正や黒田長政など多くの外様大名に助役を命じ同十九年に城は完成する。
その後、徳川御三家の居城として長らく使用され、明治時代を迎えた。
だが、太平洋戦争時の名古屋大空襲で名古屋城は大きな損害を受けてしまうが、昭和三十四年に復元され現在に至っている。


現在

  
  
  

現在、名古屋城は天守閣や、本丸御殿が復元され名古屋のシンボルとして多くの方が来場されている。
見所は多くあるが、入城すると聳え立つ巨大な天守閣に圧倒される事だろう。
私が来場した際は、天守閣は改修中で内部に入る事は出来なかったが、外からでもその偉大さは十二分に堪能出来た。
また、名古屋城最大の名所である「金の鯱(きんのしゃちほこ)」はどの位置からでも確認出来るほど、大きく立派な形をしていた。
また、平成三十年より本丸御殿が完成しており、この日も多くの方が御殿目当てで長蛇の列を作っていた。
他にも、櫓や石垣堀など多くの見所が満載だ。
これまで多くの城をめぐってきたが、平成最終日にこの素晴らしい名古屋城に来場できた事はとても感慨深かった。


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